縄文時代が好きです

先日、東京国立博物館にて開催中の『縄文』展に行ってきました。

縄文時代の土器と土偶がたくさん展示されていました。

音声ガイドを聞きながらじっくり見てきました。

興味のある方は、楽しめるかなぁ。


私は「縄文時代」が好きですが、理由とか考えたことなくて。

テレビで『縄文展』を特集していたのを見ていて、土偶や土器に芸術的な魅力を感じるとか、ロマンチック、ドラマチックな見方をしていないなということに気が付きました。


当時の生活に密着したモノで、「普段使い」していく上でこういう風にすると使い勝手がよくなるよとか、縄目をつけてみたらちょっと面白かったとか、自分の所有物だという印、器に入れるものを区別するために、縄目の付け方のアレンジも増えていったのかもしれない。祭祀の時には「なんか特別感ほしいねぇ」って感じで、装飾してみたり。

人の一生、日々の生活のなかで、理解できない事象(天候の変化や妊娠、出産)、環境(自然)に対する畏怖の念が生まれ、直接、太陽や月、樹木や岩に「思い」を伝えることもしていただろうけれど、もっと身近に「自然」を感じ、「思い」を込めるモノとして「土偶」が作られ、「思い」を表す祈りの行事、祭祀で使うために「火焔型土器」などが作られたのかな?

なんて考えてみました。

時には厳しい状況を与えるけれど、恩恵をもたらしてくれる自然への畏怖の念を持ち、手に入る恵みを狩ったり採ったり使ったり、シンプルだけど充実した生活をし、一生を終える。権力争いや人同士の争いがなかった(少なかった)時代だったのではないか?


なんて、(詳細に勉強しているわけではないのであくまでも私見でしかないですけど)そんな風に想像できるのが、縄文時代が好きな理由の一つかもしれないです。


あと、土器の模様をみていて、縄文人のデザインセンスも現代人と変わらないものなのだな、きれいとか面白いと感じる「感覚」が一緒というか、通じるモノがあるんだろうなと思いました。








Everyday is a Good day

『Everyday is a Good day』 = 『日々是好日』:「毎日が楽しく良い日」であるように

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